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ブログ消されないように、ひさびさに(笑)
まぐれでも10回続けば、いきなり神の領域扱い
不敗神話など
「ポ」_くわえるモノ、つっこむモノ
「コ」_鼻の短い象の状態 # by amnesiac76 | 2006-12-06 12:20
政(まつりごと)などに従事する者にとっての醍醐味
人間とは、罪を恐れるのではなく、ただ罰のみを恐れる生き物だ たとえそれが殺人などであっても、罰がなければ平然とこなす者が多数派を占めるだろう ☆ランクUPにご協力を☆
我々は平均化によって、全ての知性を失う(ジョン・ネスビッツ)
無原則な情報を得ることができるようになったこどもたち 個々人が自由に泳いでもよい、となった途端、どちらの方向に行ってよいのか座標を失う そこでいかに考えるか、泳ぎ方(生き方)を教えるのではなく、ふたたび旧時代の遺物「愛国」を 持ち出して、一色汰、踏みならしにかかる政府 人形には魂を入れるな 考えれば、この国の矛盾点など無限に見つけられてしまうじゃないか 「個」性には、かならず「個」人としての責任が付きまとう 目立たぬように、他人との差異がありませんように、みんなで迷彩服を着込もう 灰色のコンクリートの打ちっぱなしの世界で、緑色をベースにした迷彩服 見る者が見れば、奇異そのものだが、世界との差異よりも、他人との差異をなくすことに夢中だ 本来なら個性時代の幕開けだったはずの団塊の世代 だが、なにごとも初めてであったため、同時に漂流者を多くだし、挫折した者も過半を超えた 自らの失敗を後世、こどもたちのバネにしてやるのではなく、「消極」や「退嬰」を多く遺した 新時代の航海者たちは、中途挫折により、ゴリゴリの保守主義に走り、未だ航海を続ける者も 最初の進路を修正できずに、ただ自信なく漂泊し続けているだけだ 現在は「反動」の時代である 揺り返しの感覚も狭まり、転覆、リセットの日も刻一刻と近づいてきているようだ 「個生」をみんなは望まないのだろうか? ☆ランクUPにご協力を☆
負け癖のありそうなひとのそばで勝負する
直接的にせよ、間接的にせよ、負け癖のありそうなヤツのそばで勝負するが吉 パチンコならば大負けしそうなひとの横で、クジならば必ずハズレそうなひとの後に並ぶ 勝ち負けとは「相対的なもの」であり、この法則は意外とあなどれない勝率を導き出す ただし、負け運の強い人間が身内の場合は、引きずられる可能性が高いので離れよ ☆ランクUPにご協力を☆
いじめを乗り越えた先の世界は?
現在、「無理してでも生き抜いてみようか」と思えるような魅力的な未来図はどこにも存在しない 偉大なる先人たちによって汚し、壊しつくされた社会 さらに存命する老害たちも、再生することはまずありえない 粛清は、本来される側の人間が常に施行者側にいる 革命でも起こさないかぎり、この社会的弊風を吹き払う術はもうないのではないだろうか? こどもたちをほんとうに殺しているのは、どこのどいつだ? ☆ランクUPにご協力を☆
みなが一直線のスタートラインにリセットされることを夢見る考え
80年代あたりから、顕著に描かれるようになった近未来像 物語の書き手とすれば、設定の自由度が高く楽ちんだが、読み手としても、やはり感情を 落としやすい世界観 核武装論などもけっきょくここに行き着くのか? ☆ランクUPにご協力を☆
人類から愛国心を叩き出してしまわないかぎり、戦争は世界が終わるまで継続する
(ジョン・ドライデン) 日本のネチズンが劣等民族とみなす中国や北朝鮮という統制国家への日本国政府のあこがれ 生まれた土地やコミュニティを愛すのではなく、「国家」を愛せという隷属の強制 ☆ランクUPにご協力を☆
見ただけバカになれるプログラム
多様性、さまざまな視点が存在するのではなく、ただ雑然としたゴミの集積場 各国の空虚さを如実にあらわす計器のひとつ 思考をなんら刺激せず、笑わせるのでもなく、たまに失笑しか起こらない今のバラエティ こちらが「笑ってあげなければ」成立しないようなそんなレヴェル ☆ランクUPにご協力を☆
だれにも救われるアテのない魂は、なにを糧とし、燃え続けれるというのか?
救う価値、価値は自らつくりだすもの それを怠った者は、愛情を受ける代わりに、自らの変質したひがみなどの炎を燃やす 老人の悲鳴 だがそれは当人の責任 自覚あらば、また拾う神あり ☆現在のランキング☆
時代に心が追いつかないおとなたち
「自分たちの時代は-」 滑稽すぎる引き合い こどもたちはいまを生きていて、過去に縛られているのは自分たちだと気づかないおとなたち あまりにも激しい時代の変化に、こころが追いつかなくなったおとなたちの悲鳴を敏感に、 あるいは直接的に受けてしまうこどたちの抑圧 抑圧の原因が自分たちの責任であるということに、いい加減気づくべきだろう 「こどもとは、こうあるべきだ」という虚像 「いまのこどもはすぐにキレて、なにをするかわからない」という虚像 二律背反な虚像の両方を押し付けられるこどもたち こどもが「自分らしく振舞う」という権利を奪い、「こどもらしく振舞え」とする強要 「らしさ」というものが、時代とともに変化するものであり、強制されるものでもなく、 実際、自分たちも虚像に抵抗してきたのをすっかりと忘れ、強要・強制 (おとなとは、こどもの死骸であるということを忘れたのか?) 実際のこどもは、すぐにキレたりなどしない こちらがよほどバカな、相手(こども)の精神を無視した無神経な対応をしない限りは ダレも相手の視点で見ようとしない社会は、いまのおとなたちによって作られたのだから、 社会が失調するのは当たり前だし、無視している張本人がおとななのだから、 この問題が解決できないのも明白である すべてはピンボケ しかも、それにはかなりの無意識の「故意」が含まれている ☆現在のランキング☆
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